方向性と判断軸が揃った時、人は動き出す。

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以前、ある会社の社長からご相談をいただいたことがありました。

社員30人ほど、業界の中では全国的にもシェアを持つ会社でした。社長は叩き上げで、事業を一から立ち上げ、ここまで育ててきた方。判断の早さも、現場の見方も、深さが違いました。

その社長が、こうおっしゃったことがあります。

「右腕が育たない。結局、全部自分が動かないと回らない。」

何度も育てようと試みた後の、ご相談でした。

その言葉には、憤りに近いものがありました。能力のある社員はいる。やる気のある社員もいる。それでも、最後の判断は全部自分のところに戻ってくる。なぜ、これが渡せないのか。

社長ご自身の中には、間違いなく全部が詰まっていました。何を大切にすべきか、どこで踏ん張るべきか、どこは譲っていいのか。長年の経験の中で、すべてが体に染み込んでいる。

ただ、それが再現性のある形になっていなかった。

当時の私には、その課題をお引き受けすることができませんでした。何かが足りていない、ということは感じていました。でも、それが何なのかはっきりと分からなかったのです。

今になって、あの時に渡せていなかったものは、「判断軸」だったのではないかと思っています。

もう一つの現場

また、別の現場のことも、思い出します。

経営の体制が大きく変わったばかりの会社でした。社員さんたちのエネルギーが溢れていました。新しく始まる予感の中で、みんなが動きたくて仕方がない。前のめりな空気が、社内に満ちていました。

それでも、彼らは動けませんでした。
社員さんたちが社長に言っていたのは、こんな言葉です。

「社長、どの方向で行くのか、決めてください。」

やる気がないのではなく、むしろ逆でした。動きたいのに、向かう先が定まっていないから、一歩目が踏み出せない。
ここで足りていなかったのは、「方向性」でした。

方向性と判断軸は、両輪

方向性は、「どこへ向かうか」を示すもの。これがなければ、社員はそもそも走り出せない。エネルギーがあっても、一歩目が出ない。

判断軸は、「分かれ道で、何を基準に選ぶか」を示すもの。これがなければ、走り出した後に分岐に出会うたびに止まってしまう。「社長、これはどっちですか」が消えない。

方向性だけでは足りません。仮に経営の体制が大きく変わった現場で方向性が示されたとしても、走り出した先には必ず分岐が来ます。そのとき判断軸がなければ、また同じように立ち止まることになる。

判断軸だけでも足りません。何のために判断するのかが定まっていなければ、軸そのものが宙に浮いてしまう。

方向性と判断軸。この二つが揃って初めて、社員は自分で考えて動けるようになるのでは無いでしょうか。そしてその先に、右腕になる人が育つ。

渡せない理由

ここまで書いてきて、もう一つ大事なことに触れておきたいと思います。

方向性も判断軸も、経営者の中に「ある」ことが多いのです。特に、自分で事業を立ち上げ、ここまで育ててきた方ほど、体の中に深く入っている。

ただ、それが言葉になっていない。

頭で作った言葉、「こう言った方がいい」と思って整えた言葉では、本人の中にある息吹や情熱と一致しないので、社員にも伝わりません。本当に感じていること、本当に信じていることが、そのまま言葉として立ち上がっていない限り、再現性は生まれないのではないかと思うのです。

あの叩き上げの社長さんが感じていた憤り、「中にあるのに、渡せない。」それは能力の問題ではなく、まだ言葉になっていなかった、ということだったのだと思います。

あなたの中にあるものは、もう言葉になっていますか。

右腕が欲しいと感じたとき。それは、社員に何かを足す前に、自分の中にあるものに目を向けるタイミングなのかもしれません。

向かう先は、言葉になっていますか。判断のときに立ち返る軸は、言葉になっていますか。中にあるものが腑に落ちる言葉になったとき、初めて、それは人に渡せるものになると感じます。

右腕は、探して見つかるものではなく、方向性と判断軸を渡せたところに、育っていくものだと感じています。


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